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エマニュエルの学年


夏のエピソード

単行本版あとがきのもちろん同色の挿話Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ・・・・・・は、ある物語的な進行を示しますし、直接物語的な進行を持たない場合には、主人公の内的発展が辿られるはずですから、ここでは、挿話は基本的には年代順になっていると考える。

黄色い場所の挿話群には、エマニュエルが登場する夏のエピソードが4つあるが、季節が重なるため、それぞれ別の年の夏と思われる。

1. 黄V黄VIの夏
夏の間はずっとエマニュエルはリモージュにいた。夏の終わりに、私3と二人で南イタリア・シチリアに旅行。
2. 黄VIIIの夏
二人でチロルで夏の3週間を過ごす。エマニュエルは次の学期に論文を書き、卒業または修了予定。
3. 黄XIの夏
二人でエマニュエルが幼少期を過ごした村に、夏の終わりまで少なくとも1週間は滞在。
4. 黄XIIの夏
ノルウェイのウタ・シュトリヒの故郷で一夏を過ごす。

4.の夏はエマニュエルの友人のウタ・シュトリヒが博士論文の準備をしているので、エマニュエルも大学院の博士課程に在籍していると思われる。

2.の論文について。菫I中で、4.の5年ほど後の話として、エマニュエルが留学先のアメリカから送った手紙として、彼女は博士論文を書き終えたので、その年の学年末、つまり六月にパリに帰ると書かれる。ここから、エマニュエルはアメリカで博士論文を書いたことになる。よって、2.の論文は博士論文ではない。一方、学士論文だとすると、。

よって、2.の夏はエマニュエルが修士課程1年から2年に上がる夏(フランスは9月に新年度が始まる)、4.の夏は博士課程1年から2年への夏以降と考えられる。とすると、1.~4.の夏の年は連続しており、1.がエマニュエルが学部3年から修士1年にあがる夏(フランスの大学は3年制)、2.が修士1→2年、3.が修士2年→博士1年、4.が博士1年→2年と考えてもよさそうである。そうすると、4.の翌年の秋(博士3年)に、エマニュエルが8か月の予定でアメリカへ渡り、論文を書くことにも自然につながる。

このほか、黄IXに、夏にエマニュエルと南仏の友人のヴィラにいたときという話が出てくる。これは上の4つの夏のいずれかと同じ夏と考えた方が、上記のエマニュエルの学歴に無理なく合うであろう。

また、1.の夏の前に黄IIIがあり、そのしばらく前、おそらく前年に私3がエマニュエルと知り合っている。

以上より、本挿話の時期は、エマニュエルが大学院に進学する夏であり、私3がエマニュエルと知り合った翌年、1963年ころを想定して書かれたと考えられる。


更新:2013.03