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名文集


本を読んでいると、思わず考えさせられる文章に出会う。多くは文章は憶えていても出典が分からなくなったり、文章自体を忘れてしまったりする。出会いがあるとメモをしようとは思っているのだが、根がズボラなもんでなかなかそうもいかない。そんな中で、メモが残っていたりして文章・出典ともに確認出来るものを集めてみた。

新しい出会いがあったり、思い出した文章があれば、随時更新の予定。


  • 西郷隆盛 (山田済斎編『西郷南洲遺訓』岩波文庫, 1991)

    過ちを改むるに、自ら誤ったとさえ思い付かば、夫れにて善し、其事をば棄て顧みず、直ちに一歩踏み出す可し。過を悔しく思い、取繕わんと心配するは、譬へば茶碗を割り、其欠けを集めあわせ見るも同じにて、詮もなきこと也。

  • 辻邦生 (『神々の愛でし海』中公文庫, 1993)

    愛とは、気分でもなく、惰性でもない。それは意思なのだ。ひたすらな心の力なのだ。だから、愛することをやめたとき、愛はなくなる。愛がつづくためには、当然ながら、愛するという心の力を尽さなければならない。

  • 寺田寅彦 (『寺田寅彦全集』8 岩波書店, 2010)

    真に美しいものは大人しく黙っている。しかしそれはいつまでも見た人の心に美しい永遠の響を留める。

  • 宮城道雄 (『心の調べ』河出書房新社, 2006)

    私が一番苦々しく思うことは、相手の人によって言動に階級をつけることである。人間はどうしてああいうことをせねば気がすまぬのか。それは偉い人には敬意を表さねばならぬのは勿論だが、目下の者だから、貧しい者だからといって何故威張らねばならぬのか。私にはそういう気持がわからない。

  • 宮沢賢治 (「銀河鉄道の夜」青空文庫)

    みんながめいめいじぶんの神さまがほんたうの神さまだといふだらう。けれどもお互ほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだらう。

  • 山形豪 (「山形豪・自然写真撮影記」2011)

    サファリに来た観光客がハイエナを見て、「あれは悪い動物なんだよ」などと本気で言っているのを聞くとうんざりさせられる。野生動物を擬人化し、そこにアメリカの勧善懲悪主義を当てはめるのは過ちだと私は考える。自然界には善も悪も存在しない。ただすべての生物が必死に生きているだけなのだ。


更新:2012.9