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私2の年代設定


西暦 私2の学年
               
1909              
          青XII  
1910              
          就学前  
1911            
           
1912            
           
1913            
           
1914            
      橙XII    
1915            
      就学前    
1916          
         
1917          
        小学生  
1918          
         
1919          
  赤I・II      
1920          
  就学前      
1921        
       
1922        
    小学生    
1923        
      中学生  
1924        
       
1925        
       
1926        
       
1927        
  小学生      
1928        
    中学生   高校生  
1929        
       
1930        
       
1931        
      大学生  
1932        
       
         

概要

全編中、私2の学年と年代の対応が読み取れる挿話は、赤I赤XII橙XII青XIIがある。それぞれの挿話で設定されている学年と年代の対応をまとめると、表のようなる。詳細は赤I・IIでの年代設定橙XIIでの年代設定青XIIでの年代設定参照。

考察

表から、学年と暦年代の対応が、物語の進行の中で2度変更されていることが分かる。挿話群の執筆が始まった頃は、赤I・IIでの年代設定から分かるように、私2は1920年前後に生まれた設定であった。それが、橙XIIでの年代設定では1915年前後に、青XIIでの年代設定では1910年に、5年程度ずつ早められている。

単行本版『霧の聖マリ』のあとがきにあるように、全挿話群は一人の主人公がそれぞれ幼年期、少年期、青年前期、後期、壮年前期、後期、老年期に置かれた場所での挿話を描く構想で書き始められた。しかし、やがて無理が生じ、文庫版『霧の聖マリ』のあとがきでは、昭和初期から戦後の一九七〇年代までを含む長い年月を一人の人物の生涯として書くことは無理があり、作者の意図とは別に、作品のほうが勝手に「私」の息子、またその子供という具合に発展していったと述べられている。具体的に言うと、挿話群は「赤い場所からの挿話」と「黄色い場所からの挿話」が同時進行で書き始められたが、それぞれの主人公である「私」は、最初の構想では同一人物であった(本サイトでは「原私(げんわたし)」とする)。それが、のちに前者が父親(「私2」)で、後者がその子供(「私3」)に分けられたということである。

このような構想の変化があると、当然ながら「私」の年齢に無理が生じる。私2も私3も、初めの頃に書かれた挿話では原私なので、年齢差はゼロになってしまう。それを、親子として矛盾のない年齢差にするための一連の修正・設定変更のひとつとして、上記のような変更が行われたと考えられる。私2の年齢を5年ずつ2度上げ、一方では私3の年齢を20年近く下げることで、最終的には両者の間に30年近い年齢差を作り出している。


更新:2012.12