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亡命者たち


書誌

シリーズ
黄いろい場所からの挿話 I
所収
『霧の聖マリ』中央公論社, 1975
『霧の聖マリ』中央公論社(中公文庫), 1992
初出
『海』6巻1号(1974年新年号)

設定

舞台
パリ・モンパルナスの裏町のホテル
アイテム
レモン売りの少女の黄色いレモン
時代
執筆時:1962年ごろの
→菫VI・XIVで、1958年に変更

人物

私(私3)
日本人。事件までホテルに2年間住んでいる。翻訳の下請けの仕事をしている。
ゲオルグ
ホテルに20年住んでいる南欧なまりの老人。
レモン売りの少女
ホテルの前に屋台を出している。盲目。ゲオルグに好意を持っている。
レモン売りの少女の父親
夕方、屋台の片付けにやってくる。
ホテルの管理人
12年前からホテルの管理をしている。
若い三人の男
暗殺者。

考察

本文中に、年代を直接記述したところはない。そのため、他の挿話との関係などから推定するほかない。

藍XIVに基づく年代推定

本文中に、ゲオルグがホテルに住んでいる年数を、管理人が「いや、十二年じゃありません。二十年ですよ。」と語っている部分がある。

藍XIVに、1946年の話としてゲオルグがモンパルナスの裏町のホテルに住むようになったのはそれから間もなくであった。と書かれている。これに従えば、本挿話は1946年の20年後、1966年の出来事になる。

しかし、そうすると、1958~1959年の黄IIと7年も間が空いてしまう。また、本挿話群では何度も設定が変更されているため、はるか後に書かれた藍XIVの記述をそのまま当てはめるのは無理があるようにも思える。

黄IVに基づく年代推定

黄IVの記事からエマニュエルに会う以前の私3の動きを追うと、
ロザリーのいるアパルトマンを出る(このとき私3は大学に籍があり、翻訳の仕事を始める前。)
→ 2年後に、エマニュエルに出会う

となっている。本挿話にはエマニュエルは全く登場せず、翻訳の仕事をしているので、ロザリーのアパルトマンを出てからエマニュエルに会うまでの2年間が、ちょうど本挿話のホテルに住んでいた2年間にあたると考えられる。とすれば、本挿話は、ロザリーのアパルトマンを出て2年後の、エマニュエルに出会う少し前の出来事となる。

次に黄IVの年代であるが、「何年生れですか?」「一八九〇年さね」よりロザリーは1890年生まれで、その彼女がすでに七十を越えていたのであるから、私3がロザリーのアパルトマンを出るのは1960年以降である。

その2年後が本挿話だと考えるので、本挿話は1962年以降ということになる。

この場合、黄IIとは最短で3年差になり、黄IIは私3がロザリーのアパルトマンに住んでいたときの出来事となる。

執筆時の本挿話の年代

上記の推定から、本挿話の年代は1962年~1966年であるのは間違いないと思われる。また、黄IIと他の挿話とのブランクが少ない方が自然であるだろう。そのため、根拠はあいまいながら、ここでは本挿話は1962年ごろを想定して書かれたと考えておく。

後の挿話による年代の変更

のちに書かれる菫XIVで、私3がフランスへ行ったのが1958年ごろに設定されたと考えられる。また、菫VIで、私3がエマニュエルに出会ったのが1958年末~1959年はじめに設定されたと考えられる。

本挿話は私3がフランス滞在中、エマニュエルに出会う前のことであるので、1958年の出来事に変更されたことになる。この場合、本挿話の2年前にロザリーのアパルトマンにいることも、本挿話に出てくるホテルに2年間滞在することも不可能になるが、やむを得ないところであろう。


更新:2013.03