本棚>ある生涯の七つの場所ノート>挿話

北海のほとり


書誌

シリーズ
赤い場所からの挿話 III
所収
『霧の聖マリ』中央公論社, 1975
『霧の聖マリ』中央公論社(中公文庫), 1992
初出
『海』6巻6号(1974年6月号)

設定

舞台
オホーツク海に面した小都市
アイテム
砂浜で拾った赤革の財布
時代
執筆時:私2が小学6年生の夏→ 後に(赤XIII・橙XIV) 私2が小学5年生の夏に変更

人物

私2
本文中では「私」。13歳。父が海外出張中に母が入院し、板倉順吉に預けられる。
私1
本文中では「父」。短期の海外出張に出ている。
入院中。
板倉順吉
母の弟。医科大学を終えたばかりの医師。この挿話では叔父と書かれ、名前は出ない。
江田篠
居酒屋で働いている娘。この挿話では篠と書かれ、姓は出ない。
江田清一
この挿話では篠の兄と書かれ、名前は出ない。シアトルで働いている。

考察

執筆時の学年設定

本文中「お前、いくつになった?」(中略)「十三です」から、私2が13歳のときであることが分かる。満年齢で13とすると学年は中1~中2となるが、赤IVで 板倉順吉(医師の叔父) → 仁木(小説家の叔父)英二の母(高台の叔母) と順に預けられること、赤IXで 英二の母に預けられているときに旧制中学校に入学したことが語られるので、本挿話の時点では私2は小学生でなければならない。そのため、13歳は数えであり、小学6年生と解釈するのが妥当であろう。1950年に満年齢推奨の法律が出ていることを考えても、当時は満年齢よりも数え年が普通であったかも知れない。

構想の変更による学年の移動

後に 橙XIV が書かれた時点で、私2が英二の母に預けられたのは小学5年生の初夏に変更されている。本挿話はそれよりも前の出来事なので、小学5年生以前に変更されたということになる。一方、私2があちこちに預けられる原因となった母の入院は 赤XIII から小学5年生ごろと考えられるので(詳細は赤XIII参照)、本挿話の時期も私が小学5年生の出来事に変更されたと考えられる。

私1の外国滞在

赤II に、私1は少なくとも私2が旧制中学3年生ころまでは東京にいたと考えられる描写がある (詳細は赤IIの考察参照)。ところが、本挿話で突然短期の海外出張に出ている。この挿話を執筆している時点では、著者としては、本当に短期の出張ですぐに帰国し、私1は海外にいた期間はあるものの基本的には東京にいるという構想であったのだろうか。それとも、後に私1は外国滞在を延長し、さらには役所を辞めてアメリカで仕事を始めることになるが、そのようなストーリーが念頭にあったのだろうか。それを判断する材料は見つけられなかったが、いずれにせよ、本挿話を境に挿話群全体の構想が大きく変わったことは間違いないであろう。


更新:2012.10