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月曜日の記憶


書誌

シリーズ
橙いろの場所からの挿話 XI
所収
『雨期の終り』中央公論社, 1982
『人形クリニック』中央公論社(中公文庫), 1992
初出
『海』11巻9号(1979年9月号)

設定

舞台
オホーツク海に面した小都市
アイテム
坪内さんの橙いろのリボン
時代
私2が帝国大学3年の夏

人物

私2
帝国大学文科大学学生。
板倉順吉
私2の母の弟。医師。オホーツク海に面した小都市で開業していたが、軍医として出征。
坪内さん
板倉病院の婦長。
英二の母
私2の母の妹。
英二
私2の母方の従兄。私2より2つ年上。
江田篠
私2が以前オホーツク海に面した小都市に滞在したとき、知り合った娘。
北村船長
引退した元船長。月曜日の男を乗り組ませていた。
安藤甚三
月曜日の男? 私2の中学時代の国語科教師。突然失踪する。
安藤の妻
下町のかなりの寿司屋の娘。

考察

私2の学年

七月終りの晴れた午後であった卒業論文を準備する大学の最終学年の夏だったのでより、私2が旧制大学3年生の夏の挿話と考えられる。

赤XIの年代

八年前の記憶はほとんと薄れていた「いや、二度目だ。最初は七、八年前だ。まだ子供だった」などの記述があり、私2が以前この町に滞在したのが8年前であると繰り返し書かれる。しかし、旧制大学3年の8年前は旧制中学3年になり、赤III橙XIVでの記述と大きく合わなくなる。また、本挿話中のぼくはまだ小学生でしたがとも矛盾する。一方、以前の滞在を小学生時代と考え、その8年後とすると、旧制高校の学年となってやはり合わない。

本挿話は、内容的に赤XIに続いている。赤XIは、私2が旧制中学2年または3年、おそらく3年のときの挿話だと考えられる(詳細は赤XIの考察参照)。しかし、赤XIの考察にも書いたように、この推定は根拠が弱い。

本挿話に書かれている「8年前」は上記のように旧制中学3年になるが、これが赤XIで推定した学年と重なるのは、偶然ではないかも知れない。8年後、8年前と何度も繰り返し書かれている以上、何らかの理由が存在する筈である。考えられるのは、著者が、内容的につながる赤XIから8年後であるのを、前回の北海道滞在から8年後と思い違いして書いた可能性である。とすれば、本挿話の記述が、赤XIが旧制中学3年の出来事と考えられる傍証の一つになるかも知れない。

ほか

私2の北海道滞在は「いや、二度目だ。最初は七、八年前だ。まだ子供だった」とあるが、私2の北海道滞在は2度目ではない。1回目が赤III、2回目が橙IX中のこの夏休みは北海道でずっと順吉叔父さまに世話になりました、本挿話が3回目の筈である。


更新:2012.12