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雨季の終り


書誌

シリーズ
藍いろの場所からの挿話 I
所収
『雨期の終り』中央公論社, 1982
『国境の白い山』中央公論社(中公文庫), 1992
初出
『海』12巻5号(1980年5月号):初出時のタイトルは「雨期の図形」

設定

舞台
熱帯地方の島
アイテム
ホッターの藍いろのゴム合羽
時代
1953年~1954年

人物

ゲオルグ
社会学を専攻する学生。
ホッター
ゲオルグの弁護士
アンダースン
医師。10年ほど前に島に移り住む。
アンダースン夫人
アンダースンとともに島に移り住むが、6~7年前に亡くなる。
ヘンリ
酒屋。アンダースンに酒を届ける。
フロントの若い男
ホッターの宿泊するホテルの従業員。
エッカー
この地方一の牛飼い。
ホガース
ロンドンの医師。

考察

ゲオルグの略年譜

本文中に、挿話の年代が分かる記述はない。また、他の挿話との前後関係も明記されない。そのため、他の挿話にも登場する唯一の人物であるゲオルグの年譜から考えるほかない。

ゲオルグの経歴について簡単に整理すると、次のようになる

  1. ~1936ごろ:高校教授時代(藍XIV)
  2. 1936ごろ~1938:国際旅団時代(藍VII藍IX藍X藍XIV)
  3. 1938~1939:半隠遁時代(藍XI藍XIII藍XIV)
  4. 1939~1946:フェロン書店時代(藍XIV)
  5. 1946:ノルマンディー時代(藍XIV)
  6. 1946~1966:ホテル住み時代(藍XIV黄I)
  7. 1951年ごろ以降に、ドーヴァーの村で遭難(緑I)

ホガース事件の推移

一方、本挿話から読みとれるホガース事件の推移をまとめると、次のようになる。

9年半前:ゲオルグがホガース夫人を訪ねた日、ホガース医師が死ぬ。(当時、ゲオルグは学生)
この最後の男がゲオルグという名の社会学を専攻する青年でした
3年前:ホガース医師が他殺であると分かり、ゲオルグが疑われる。(これ以降にゲオルグが逮捕)
いまから三年前、ホガース医師が自殺してから七年たって、医師は自殺ではなく、他殺だった、という証人が現われたのです。
2年前、ホッターがアンダースンを捜し始める。(これ以前にゲオルグが逮捕)
この男を捜すのに、ほとんど二年近くかかりました。
挿話:ホッターがアンダースンを訪ねる。(ゲオルグはまだ拘束されていると思われる)
少くともゲオルグは助けられると思いますね

ホガース事件とゲオルグの年譜の対応

ゲオルグは逮捕後少なくとも2年は拘束されていたと考えられ、1936年ごろ~1946年の間に2年間の空白はないので、ゲオルグの逮捕は高校教授時代以前かホテル住み時代と考えざるを得ない。

ゲオルグの逮捕が高校教授時代以前であると考えた場合

ホガース医師が死んだときゲオルグは学生だったので、高校教授時代以前、少なくとも1935年以前の出来事になる。とすると、ゲオルグの逮捕はその7年ほど後であるから、1942年ごろ以前になる。1942年以前にゲオルグの年譜で2年間の空白を考えると、逮捕もやはり高校教授時代以前となる。

しかし、この場合、緑Iで語られる事件(ドーヴァ事件とする)を別に考えなければならない。つまり、ゲオルグが、ホガース事件以外でイギリス警察に追われる何かが必要になる。ドーヴァ事件の内容は明確に語られないが、黄Iでゲオルグの死が、藍Iである本挿話でゲオルグの冤罪が語られ、著者自身が単行本版あとがきにIの挿話をまとめて読んでみると、そこに一人の別の人物の物語が示されることになると記している以上、緑Iでのドーヴァ事件が本挿話の前に直接つながっていると考えても無理はないように思われる。

ゲオルグの逮捕がホテル住み時代と考えた場合

ゲオルグの逮捕がホテル住み時代とすると、上記のように、ストーリーとしてはきれいにつながる。しかし、この場合、ゲオルグが学生時代に起こったホガース事件から、ゲオルグの逮捕まで16年以上が経過したことになる。本挿話の内容から、事件~逮捕の間は7年ほどと考えられるから、9年以上合わない。

一方で、文庫版あとがきにあるように、昭和初期から戦後の一九七〇年代までを含む長い年月を一人の人物の生涯として書くことは無理があり、作者の意図とは別に、作品のほうが勝手に「私」の息子、またその子供という具合に発展していったため、挿話群全体の設定は何度も変更されている。例えば、赤い場所・橙いろの場所の主人公である私2は、2度の設定変更の結果、生まれ年が10年早められている(詳細は私2の年代設定参照)。ゲオルグに関しても、同様に設定変更が行われ、9年以上の誤差が生まれたとも考えられる。ここでは、この考えを採用しておく。

単行本版では先生はここ十年来、薬は二つしか使っていないとある部分が、文庫版では先生はここ六、七年来、薬は二つしか使っていないと改められている。このような修正が行われている以上、9年も合わない部分が放置されているのはおかしいとの考えも成り立つ。しかし、ここで修正されているのは挿話内での矛盾であり、他の挿話との矛盾ではない。挿話間の矛盾は多すぎて修正できなかったのではないか。

本挿話の年代

これまでの考察より、本挿話の年代を推定すると、

  • 1935年以前:ホガース医師が死ぬ(ゲオルグは学生)
  • 1951年以降:ゲオルグが逮捕される
  • その約2年後:本挿話

となる。また、黄Iで、ゲオルグが住んでいるホテルの管理人の台詞として「いや、十二年じゃありません。二十年ですよ。ここに根をはやしたようなものですね。私が管理人になったときには、あの人はすでに八年住んでいるという話でしたからね」とあり、ゲオルグの不在期間が語られないので、本挿話は前の管理人のときと思われる。とすると、本挿話はホテル住み時代の最初の8年間であり、1954年以前と考えられる。

以上より、本挿話は1953年~1954年の出来事と推定できる

もちろん、上記のような設定の変更がある以上、先行する挿話の細かい記述にどれほど意味を見いだせるかという問題は起こるが、本サイトの目的が「挿話群を整理・再構築して、私なりのタペストリを完成する」ことであるため、ここではそれは考えないことにする。


更新:2013.02