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パリの空 今日も晴れて


書誌

シリーズ
青い場所からの挿話 XI
所収
『椎の木のほとり』中央公論社, 1988
『椎の木のほとり』中央公論社(中公文庫), 1993
初出
『海』15巻9号(1983年9月号)

設定

舞台
パリ
アイテム
カミーユの髪を縛る青い布
時代
執筆時:1938年6月または7月~11月 → 青XIIで1936年に変更

人物

私1
本文中では「私」。私2の父親。
私2の
本文中では「妻」。私1の妻。
私2
本文中では「子」。私1の子。
ブロック
パリ16区に住むユダヤ人。私1とニューヨークからルアーブルの船中で知り合う。
ザゴルスカ夫人
ブロックの家政婦
ダニエル(ダニエル・ブロック)
ブロックの娘。エコール・ド・ルーブルで美術史を専攻する学生。
詩人
白髪と白髯に覆われた人物。
ジュリアン
リセの教授。
真岡貞三
共産主義者。ニューヨークで大学講師をしている。
宮辺音吉
真岡の友人。昨年パリから日本に帰る。
ファーゲ(レイモン・ファーゲ)
真岡貞三と宮辺音吉の友人。アナーキスト。
フォントナーユ
パリの実業家。労働問題研究家。
シュトリヒ
学者。
ミッシェル・ブリュネ
労働総同盟幹部。
カミーユ
私1のアパルトマンの向かいに住む娘。
アンリ
カミーユの男友達。郊外の鉄工場で働く。

考察

暦年代

先行する青Xで私1がニューヨークからヨーロッパに向けて出発したことが語られ、本挿話はパリ到着直後から始まるので、2つの挿話は船旅の時間をはさんで連続している。当時、船によるアメリカ~ヨーロッパ間の所要時間についての知識はないのだが、1930年代後半のブルーリボン賞が3~4日であることを考えると、1週間から10日ほど、長くても1か月以内には到着したのではないか。とすると、私1がニューヨークを出発したのは、執筆時の設定では1938年6月以降であるから、本挿話は1938年6月以降ということになる。

本挿話にも、年代が分かる事件がいくつか出てくる。時代順に列挙すれば

1936年11月:フランス人民党第一回全国大会
ちょうど一昨年の今頃、このサン・ドニでドリオが創設したフランス人民党の第一回大会が開かれ
1937年3月:クリシーの銃撃事件
昨年三月にパリの北のクリシーで起ったデモ隊発砲事件などは
1938年4月:人民戦線終結
人民戦線も終結を宣言しなければならぬほど
1938年9月:ミュンヘン会談
彼らは、ミュンヘン会談について喋っていた
1938年11月:東亜新秩序声明
日本は東亜新秩序建設を声明しましたよ

であるが、どれもが本挿話が1938年であることを示している。

季節

すでに黄葉したマロニエの並木と、石像を囲んだ夏の名残りのピンクや青のペチュニアの花壇が見えた初秋の冷ひんやりした空秋らしい休日でと秋の記述が目立つ。

しかし、秋の半ばになって真岡貞三から手紙がきて、中国での戦争が拡大しているからそれがすでに三ヵ月近くになっているより、秋の半ばはフランス到着から約3か月後である。また、秋の半ばとは私がその工場に出かけたのは十月の下旬だったよりも前であるから、その3か月前は7月下旬以前になる。上記のように、私1のフランス到着は早くて1938年6月なので、本挿話の開始は1938年6月~7月と考えられる。

一方、本挿話が終わるのは十一月に入るとから、1938年11月前半と思われる。

青XIIでの変更

本挿話で描かれる私1の渡欧は、上記のように1938年である。一方、青い場所シリーズで次に書かれる青XIIには一年ほど前にパリに移ったの台詞があり、それが1937年の初夏のことになっている。よって、本挿話の年代は、青XIIで2年繰り上げられて1936年に、青XIIでの年代設定により、私2が旧制大学卒業後のことに変更されたと考えられる。


更新:2013.01