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夜が終る時


書誌

シリーズ
青い場所からの挿話 X
所収
『椎の木のほとり』中央公論社, 1988
『椎の木のほとり』中央公論社(中公文庫), 1993
初出
『海』15巻7号(1983年7月号)

設定

舞台
ニューヨーク
アイテム
ジョー・ホワイトとマイク・ロバートの青いハンチング
時代
執筆時:1936年~1938年 → 青XIIで1934年~1936年に変更

人物

私1
本文中では「私」。私2の父親。
私2の
本文中では「妻」。私1の妻。
私2
本文中では「子供」。私1の子。
真岡貞三
共産主義者。ニューヨークで大学講師をしている。
宮辺音吉
真岡の友人。パリ在住。
北畑やよひ
もと画家志望。図書館での私1の同僚。
ジョー・ホワイト
鉛管工。スペイン内戦に義勇軍として加わる予定だった。
シド・ホワイト
石工。ジョー・ホワイトの兄
カレン
シド・ホワイトの娘。
ウィリー・マイヤー
組合書記。ドイツに家族を残して渡米。
マイク・ロバート
ジョーの代わりにスペインへ行く。
リズ
マイク・ロバートのもと婚約者。
ファーゲ(レイモン・ファーゲ)
宮辺音吉の友人。パリ在住。

考察

文中の時期が分かる記述

挿話中で語られる出来事を、文中の時期が分かる記述とともに並べてみる。

1. 私1が渡欧計画を真岡に話す
向うでたまたま眼にしたリパブリック鉄鋼会社の争議の弾圧の模様を
 →1937年5月:リトル・スチール・ストライキ
アメリカが新たに選んだ進歩派の大統領の政策は
 →1937年1月:フランクリン・ルーズベルトの2期目がスタート。しかし、2期目を「新たに選んだ」と言うだろうか?
2. 研究書の草稿を日本へ送る
アメリカ農業政策史の原稿を真岡の紹介で東京の出版社へ送った翌日のことだった。/その夜はクリスマス・イヴだったので
 →1. の前年と考えられるので、1936年12月
でもまだ続いているでしょうね、内戦は
 →1936年7月~1939年4月:スペイン内戦
3. 私1の渡米(言及のみ)
でも、奥さまにしたら、あなたから何も意志表示がないままにもう十年以上過していらっしゃるんでしょう?
 →2. の10年以上前なので、私1の渡米は1926年以前
4. 私1が北畑やよひと出会う(言及のみ)
二年ほどはトラブルは一度も表面に現われなかった
 →2. の2年前なので、1934年ごろ
5. 渡欧を決めた翌年の春
前の年の暮、人民戦線運動が弾圧され、千人を越える検挙者を出していた
 →1937年12月:第一次人民戦線事件。ただし検挙者は400人ほど。
新年早々名古屋で金の鯱が盗まれた
 →1937年1月
6. 渡欧直前
久々に妻に手紙を書いた。手紙を書きながら、子供がもう大学に入っていることに思いあたり →1938年に、私2は大学生。

時系列

これらを時系列に並べ替えてみると、

3. 私1の渡米(言及のみ)
1926年以前
4. 私1が北畑やよひと出会う(言及のみ)
1934年ごろ
2. 研究書の草稿を日本へ送る
1936年12月
1. 私1が渡欧計画を真岡に話す
1937年5月
5. 渡欧を決めた翌年の春
1938年1月。第一次人民戦線事件の翌年でもあるが、同時に語られる金の鯱事件は前年の1月。
6. 渡欧直前
1938年。五月も終りに近いある日より、渡欧は5月以降。1939年5月であれば、スペイン内戦はすでに終結しており、マイク・ロバートが一緒に船に乗る筈がない。

ということになり、本挿話は1936年~1938年を想定して書かれていることが分かる。

私2の学年との対応

渡欧直前に手紙を書く場面で子供がもう大学に入っていることに思いあたりとある。渡欧は1938年で、この年は、赤I・IIでの年代設定では私2は旧制中学、橙XIIでの年代設定では大学3年、青XIIでの年代設定では大学卒業の3年後にあたる。そのため、本挿話は橙XIIでの年代設定に従って書かれたと考えられ、このとき私2は旧制大学3年生であったことになる。

青XIIでの変更

本挿話で描かれる私1の渡欧は、上記のように1938年である。一方、後に書かれる青XIIには一年ほど前にパリに移ったの台詞があり、それが1937年の初夏のことである。よって、本挿話の年代は後に2年繰り上げられて1934年~1936年に、青XIIでの年代設定により、私2が旧制大学最終年~卒業後のことに変更されたことになる。


更新:2013.01