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まえがき


まず、思い入れを語る

ある生涯の七つの場所は、辻邦生の連作短編である。高校生の時に図書館で第一巻の『霧の聖マリ』を見つけて読み、深い感銘を受けた。最終巻の『神々の愛でし海』が出たのは大学に入った後だったが、それまで新刊が出るのを待ちわびて読んだ。

戦前から戦後にかけての日本・アメリカ・ヨーロッパを舞台に、運命や環境に翻弄されたり、戦ったりする人々の群像を描いている。著名人は登場しない。普通の人々がいかに生きたかを、主人公である「私」からの視点で物語っている。その根底には「ひとの幸福とは日々の生活のなかに普遍的に存在する」という考えがある。この考え方に共感できるなら、ぜひ読んでもらいたい、私の一押しの作品である。


ある生涯の七つの場所とは

上にも書いたように、ある生涯の七つの場所は、辻邦生の連作短編である。しかし、単なる連作ではなく、非常に野心的な試みがなされている。

それぞれの短編には、タイトル以外に「黄色い場所からの挿話I」「赤い場所からの挿話I」のようなシリーズ名がついている。この「場所」は一人の主人公がそれぞれ幼年期、少年期、青年前期、後期、壮年前期、後期、老年期に置かれた場所を表しており、各場所には虹の七色の名がつけられている。「赤い場所からの挿話」は主人公が幼年期のエピソード群であるし、「黄いろい場所からの挿話」は主人公が青年前期のエピソード群である。それぞれの場所は14の挿話から成り、これにプロローグとエピローグをあわせて、短編の数は合計100となる。

以上がこの連作群のタテのストーリーだが、このほかにヨコのストーリーが構想されている。たとえば「黄いろい場所からの挿話I」と「赤い場所からの挿話I」と「橙いろの場所からの挿話I」というふうにIの挿話をまとめて読んでみると、そこに一人の別の人物の物語が示されることになるというものである。

以上のタテのストーリーとヨコのストーリーにより、結果として一九二〇年代から戦後までの四十年間の、さまざまな人間の姿を、日本、ヨーロッパ、アメリカ、東洋各地といった広い背景のなかで取り扱って、一種の現代史の壁画(モザイク)を描くことを目指した、壮大な構想のもとに書かれた連作短編が、この『ある生涯の七つの場所』である。


構想の変化

このような構想のもとに執筆が始められたが、やがて文庫版あとがきにあるように、昭和初期から戦後の一九七〇年代までを含む長い年月を一人の人物の生涯として書くことは無理があり、作者の意図とは別に、作品のほうが勝手に「私」の息子、またその子供という具合に発展していったために、基本構造が大きく変化する。一人だった主人公は親子3代(エピローグまで入れると4代)に分割され、それに伴って様々な設定が執筆に平行して変更された。例えば「赤い場所からの挿話I」は、執筆時には主人公が小学校に入って間もなくという設定だが、後に「橙いろの場所からの挿話I」で小学校入学前のできごとに変えられている。もともとの構想が、タテヨコのストーリーで大きなモザイクを描くことであったから、それぞれの挿話は有機的に結合している。そのため、設定変更によりあちこちにひずみができ、挿話同士で矛盾する箇所も多くなってしまっている。


このページの目的

このように、この連作短編は設定上のさまざまな矛盾を抱えている。しかし、単行本版のあとがきにしかし読者がこうした意図を忘れられて、まず独立の短篇集として楽しんでいただけたら作者としてこれほど嬉しいことはありません。とあるように、それぞれの短編を独立したストーリーと考えた場合、上に書いた挿話同士の矛盾点などは問題ではなくなる。

一方で、もともと大きなモザイクを描く構想であった以上、そのモザイクを見たいと思うのは自然であろう。ましてや私は根が歴史系で完全主義者で、しかもこの作品群は私の最も好きな物語の一つだ。いきおい、年代なども気になるし、ヨコのストーリーもきちんと把握したい。同一人物があちこちの挿話に登場するので、全貌を理解するのは、単に流して読むだけだと忘れっぽい私の頭では難しいのだ。

今回病気で倒れて、一旦退職状態になった。突然、自分の時間ができた。この時間を使って、前々からやろうと思っていた、この連作短編をはじめから読み返してノートを作る作業をすることにした。必然的に、このノートは私個人の読書ノートのようなものである。私が日本文学の研究者でない以上、初歩的な誤りや思い違いなども多く含まれていると思う。不審な点やよりよい考え方などがあれば、ご指摘・ご教授いただければ幸いである。


更新:2012.10